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「創部70周年 集まり散じて 二十年の歩み」から 抜粋 敬称略
創部70周年を迎えて 品田一良 当時の稲門バレーボール倶楽部名誉会長•前稲門バレーボール倶楽部会長
早大体育会に所属する部は全部で43部。明治時代に創部されたのが野球部を始めとする7部、大正時代には8部、そして昭和時代に28部で、われらがバレーボール部は、最初から数えて21番目になる。 そのバレー部が、今年創部70周年を迎えた。決して規模の大きな、古さを誇る部ではない。が、しかしバレーに青春を捧げ、連綿と今日まで、汗と涙で輝かしい70年の歴史を紡いできたO.B諸氏の熱情は、常々私の敬服するところであり、また他の部になんら引けを取るものではない。 それを裏書するのは、昭和56年に発刊された部史「集り散じて五十年の歩み」である。早大バレーの萌芽から50年の歩みが、写真、戦績、そしてその時代時代を彷彿とさせる座談会や随想によって手際よく綴られている。 私は、この部史が出た年に部長に任命された。以来この本は座右の書となり、字引のようにページを繰っているが、今年はこの50年史以後の20年を扱う、いわば20年史が発刊されることになった。この新しい部史は、平成10年に部長職を現部長の水野忠夫教授にお願いした私にとり、特別意義深いものである。というのも、私は20年のうち約18年を部長として無我夢中に過ごしてきたからだ。 その歳月を思い起こすと、いろいろスポーツ経験はあったがどれも個人プレーでチームプレーのバレーボールは無知に等しかった。が、試合を見続けるうちに、この競技の難しさ、楽しさが解って来た。煎じ詰めると、人生と同様、何よりも「和」が大事と思い至ったのである。 授業では、答が唯一でない文学を講じながら、強ければ勝つというはっきり答の出る世界に足を踏み入れ、2足の草鞋を履いた自分を感じていた。 そして20年間でもっとも心に残る出来事は、昭和61年春期リーグでのこと、部が渡米して持ち帰った6人制バレーで初めて一部優勝を果たしたことだろう。渡米の際、部に助力した先輩の中に伯父高橋圓三郎の名があったのは、あとで知った驚きである。 大学スポーツの宿命というべきは、学生が入れ替わり、年によって波があることだ。創部以来常勝早稲田の名を欲しいままにしてきたバレー部だが、創部70周年、女子は50周年を迎えた現役の諸君が、素晴らしい伝統を背に、いい結果を出そうという努力、その努力だけは怠らないよう願う次第である。 品田 一良 。 |
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