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WASEDA UNIVERSITY VOLLEYBALL CLUB 早稲田大学バレーボール部は、昭和6年(1931年)に創部、昭和28年(1953年)に、単独で渡米して全米選手権に出場し世界の主流 であった6人制バレーを体得した。日本へ持ち帰り6人制のパイオニアとなった。関東大学リーグ優勝23回、全日本大学選手権優勝3回。2011年、男子は関東大学リーグ1部リーグに所属、女子は2部リーグに所属。リーグ戦優勝と学生日本一をめざして、鍛錬している。 |
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全早慶明定期戦 5月29日 対慶應義塾大学 今回は震災の影響もあり、3チームとも現役のみで行うこととなった全早慶明。1試合目の相手は六大学交流戦で負けを喫している慶應義塾大学との試合。1セット目は教育実習でチームを離れているキャプテン市川に変わり、チームを引っ張っている伊藤が序盤、良いサーブを打ち相手レシーブを乱す。中盤になると相手エースからワンタッチを取ったり、相手スパイクをことごとく上げ、切り返す場面も見られた。12番七里も要所で良いスパイクをフロント、バックかかわらず決めるシーンもあった。そしてもつれた展開となり相手がセットポイントを握ると、10番吉村の渾身のスパイクが相手ブロックによりシャットアウトされ、1セット目を落としてしまう。2セット目、何とか取り返したい早稲田であったが、相手ブロックにスパイクがことごとくつかまりなかなか反撃の糸口をつかめない。また、終盤にサーブレシーブミスを連発してしまい突き放せれ、2セット目も落としてしまう。3セット目、後がない早稲田は15番濵松が気合のブロックで1点目を決める。反撃したい早稲田であったが、ミスを連発したり、スパイクがシャットアウトせれたりと、良い流れを保つことができない。だが、中盤お互いにスパイクレシーブが冴え、かなり長いラリーが続く。この長いラリーの中、16番専田が相手コートにスパイクを突き刺し、ルーキーらしいプレーを出す。追いあげたい早稲田であったが、終盤に2セット目同様自らミスを出し、痛い負けを喫してしまった。
5月29日 対明治大学 六大学交流戦では勝利した明治大学との試合。交流戦同様、勝利できるように望んだ一戦。1セット目はお互いサイドアウトの取り合いとなり、良いプレーがお互いに光る。しかし、中盤になると相手の良いサーブにレシーブが対応できない。10番吉村、12番七里もなかなか流れを切るスパイクを放てないまま、7連続失点をしてしまう。完全に意気消沈となった早稲田は簡単にセットを落としてしまう。2セット目、流れを変えたい早稲田は12番七里に変え、11番本間を起用する。中盤までは安定したサーブレシーブから攻撃を展開する。また、長いラリーの末、小柄な16番専田が二段トスを打ち切る場面をあり、相手を苦しめた。しかし、1試合目と同じく、終盤でミスを連発してしまい、このセットも落としてしまう。3セット目、今までの悪い流れを切るように専田が良いスパイクを序盤から放つ。10番吉村も奮起し、強烈なバックアタックも放っていた。相手もエースにボールを集め、反撃してきたが6番小関がしつこいブロックで苦しめ、相手エースのスパイクをシャットアウトする良い展開であった。中盤までは早稲田のペースで試合を運んでいたにもかかわらず、明治大の猛烈な追い上げに早稲田は逃げ切れず、ミスを出してしまう。結局逆転され、1セットも取れないまま試合に負けてしまった。多くの課題が残る全早慶明定期戦であった。
3年副務 小谷が書きました |
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