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塚本さんの寄稿文

 

「グローバルスタンダードの海に投げ出された地域スポーツ」  

寄稿 塚本 正仁(S63)

※塚本さんは、現在青森県の弘前学院聖愛高校の教員で、女子バレーボール部を率いて、全国大会で活躍されておられます(弘前学院聖愛高校のページ)

 

1.はじめに

 1985年アメリカのマサチューセッツ州ホリーヨークYMCAでW.モルガン氏によって考案されたバレーボールは、老若男女、誰でも、どこでもできるボールゲームとして今や世界各国で愛好されています。バレーボールの誕生当初はYMCA会員であった市長や警察署長、消防署長など町の名士たちが楽しんでいたようです。当初は5人対5人のゲームで、その後6対6、さらには2対2のいわゆるビーチバレーやアジアで普及した9対9など様々な人数で行われてきました。ボールをボレーしてラリーを継続する単純な運動を、多くの人の共同作業で行うとことが楽しいということを世界各国の人々が受け入れた結果だと思います。 

 そのようなバレーボールを早稲田で追いかけ、そして、今もバレーボールの指導に携わりながら視野を広げてスポーツを見てみると、様々なことに気がつくようになりました。特に、私の子供たちがスポーツ界で言う「ゴールデンエイジ」世代であるということもあり、子供たちのスポーツ動向はどうしても気にかかります。さらに、私はそのような環境で育ったバレーボーラーを全国大会に出場させるという仕事をしていることからも、様々な問題を直視せざるを得ません。

 首都圏での生活を捨て田舎へ戻ってはや3年が経ちました。この時間は、私にとって台風が偏西風に乗って大風とともにやってきたような感じです。田舎での生活は子供の成長発達には田舎のほうが良いとの思いから私が選んだことですから、後悔はしていますが失敗とは思っていません。しかし、時間の流れとともに社会は変化し子供が成長していく中で、理想と現実のギャップがあまりにも大きいということがたくさん見えてきます。

 格差社会という言葉が良く使われています。強い者はより強く、裕福な者はより裕福に。何か行動した結果としてこのような格差が現れるのは仕方ありませんが、都市と地方、富と貧、強と弱のように何かしようとしたときに既に格差がついているということが現実として存在するのです。私たち日本人は戦後の混乱と貧困から立ち上がってきました。もちろんその混乱と貧困の中でも裕福な人もいたでしょう。しかし、ほとんどの貧しい人たちが努力し「1億総中流意識」を作り上げたのです。そのことをマレーシアのマハティール元首相が「見習うべきは日本」だとして「Look East」政策でマレーシアの経済的発展を実現させようとしました。日本流のやり方が認められていたのです。

 ところが日本は、巨額の財政赤字、公務員批判を発端とした構造改革などで、それまでの社会構造を変え、グローバルスタンダードの中に投げ込まれました。グローバルスタンダードは弱肉強食の世界です。私はグローバルスタンダードは経済社会の一側面と思っていましたが、日常生活の中までもグローバルスタンダードが浸透してきて、ワーキングプアが現れてきたと思っています。

 私は学校教育現場でスポーツに携わっていますが、このグローバルの影響が教育現場や子供たちのスポーツ環境にも大きく影響してきていることを実感しています。富める者はより良い教育環境を。スポーツにおいて強いものはより強く。貧しいものはスポーツする機会すら得られない。私たちの周りにはこんな現実があるのです。

 このようなことから、少年期のスポーツ界が抱える現在の課題や将来予想される問題を、地方のスポーツ事情を私なりの視点で論じたいと思います。

 

1. スポーツでの受益者負担

 今や、日本国中どこでもスポーツの恩恵を享受することができるようになりました。サッカーではJリーグを頂点とし、その傘下にジュニアの育成システムを置くなど、いわゆるスポーツクラブによって質の高いサービスが提供されるようになりました。また、スポーツ指導者も日本体育協会が中心となって選手育成システムを持ち、今までの経験に依存していた指導法の脱却を図りました。さらに、小学校では部活動をスポーツ少年団活動に切り替え、教員を部活動の指導から切り離し、地域住民が活動を支える主体になるなど、一昔と比較すると大きな変化が見られるようになりました。スポーツ界に横たわる「古い体質」を排除し開かれたスマートなイメージへと変化することにより、暗く封建主義的なイメージから脱却し、新しいスポーツのイメージの定着を進めていきました。スポーツ界の大改革がそこにありました。

 私が青森に帰ってからのことですから3年前だったと思います。「受益者負担の原則」という言葉が教育現場でよく使われたのを思い出します。「スポーツをすることで何らかの利益を得るのだから、それに見合う負担を負う義務がある」という論法です。確かに受益者負担の原則は理解できますが、少し見方を変えてみましょう。

 日本のスポーツは学校と企業がその経済的バックボーンを支えてきました。学校は国および自治体や学校法人です。スポーツは活動レベルが高くなればなるほど経済的負担が大きくなります。バブル経済崩壊前は企業も経済的協力を惜しまず、また、スポーツを支えることによって企業イメージを向上させてきました。学校はスポーツ指導者を教員として抱え、生活の保障と活動場所を与え活動を支えてきました。このようなシステムが日本のスポーツ指導の現場を支えていたのです。

 しかし、バブル崩壊後は企業の経済環境は変化し、バレーボールから企業が相次いで撤退したことからもわかるように、企業業績の悪化や、経済の減速による税収や地方交付税交付金の削減、学校法人への各種補助金の削減や少子化の影響やによる授業料収入の現象による財務状況の悪化など、スポーツを支える原資が枯渇してきたために十分な支援が得られない状況になりました。

 このように、近代の日本スポーツは、企業と国・自治体・学校がスポーツ環境を整え、その中で国民がスポーツの恩恵を享受できる制度を確立していたのです。これは、旧東側諸国が行っていた国家がスポーツタレントを育成して国威発揚を実現する制度と違う方法によってスポーツを育成してきた世界に類を見ない方法であったとは思っています。

 ところが、この理想的な制度はバブル崩壊や構造改革によるグロバールスタンダード化の波に飲み込まれてしまい、あっという間に崩壊してしまいました。

 

3.部活動が小学校から消えた

 ちょっと話は変わりますが学校の現場に視点を移したいと思います。公立学校の教育職員の労働負担軽減という発想から教職員が勤務時間外の「部活動」に携わらないということが近年進んできました。このことで小学校から部活動が無くなったところがたくさんあります。このことは地域社会に大きな影響を与えているのですが、気が付く人は多くありません。

 私が住んでいる青森県弘前市は平成の大合併で、弘前市、岩木町、相馬村が合併し今の弘前市となりました。普通、行政組織や施策が大きく変わった場合、行政の住民サービスが低下してはいけないので激変緩和措置などにより5年間はそれまでのサービスを維持するような措置をとるものです。弘前市に合併した2町村は、弘前市に比べ雪国特有の道路の除排雪や教育委員会や学校での活動、さらには伝統芸能や祭礼に対し様々な助成措置がなされ、子供たちの育成に自治体や住民が一体となって協力してきました。ところが、合併により行政サービスはすべて画一的に弘前市の水準に統一されてしまいました。旧岩木町や旧相馬村の住民はサービスの低下に驚くばかりです。

 特に、子供たちのスポーツ活動の関係では、弘前市が以前から、小学校での部活動を廃止しスポーツ少年団やスポーツクラブに移行する施策をとっていため、合併した旧岩木町や相馬村の小学校も弘前市の方針に従うことになり、学校は活動に対し協力するが指導に関与しないということになりました。

 これで、小学生の放課後のスポーツ活動は「学校」から切り離され「地域」へと投げ出されたのです。活動場所は学校ですから外見上大きな変化はないように感じますが中身は以前と大きく違っています。児童の活動は放課後のクラスの活動が終わってからの16時30分から18時頃です。この時間帯は教員は勤務時間外ですから活動に携わりません。代わって保護者が活動を指導監督することになります。

 昨年までコーチをしていた自営業の保護者は、この活動時間帯に児童の指導にあたることで仕事の依頼が少なくなり収入が減ったといいます。このコーチは今年指導から離れていきました。指導者不在のまま保護者が輪番で活動を管理する。保護者にはかなりの負担になります。また、このコーチのように活動に携わることにより、ただでさえ少ない仕事を逃してしまい生活に影響を与えるという現実があるのです。しかし、学校も行政もこのことについては全く関心も示しません。子供たちの活動は地域住民が支えるという立場です。地域住民がそれなりの経済力や自由な時間があればその論法も成り立ちますが、この地域では条件を満たす人は限られていますから、当然、負担は集中します。この人がいなくなれば活動はできなくなるわけです。最終的には地域から子供たちの活動の場がなくなるということです。

 また、地域の予選会を通過して県大会・東北大会・全国大会に出場した場合、その参加費用を補助する制度を整え、子供たちの大会参加の際の保護者負担を低く抑える制度がありましたが、それも廃止され弘前市の基準に統一され、どんなに費用がかかろうと一律5,000円の補助となってしまいました。それも、申請してからかなりの時間がたって支給されるということです。また、申請しないと支給もされません。

 

4.本当の受益者とは

 今年は北京オリンピックが開催されました。世界の204国と地域から大勢のアスリートが参加し熱戦を繰り広げました。そして、その熱戦を北京の競技場で実際に見てきた人、あるいはメディアを通して観戦した人が、アスリートの熱き戦いから多くの感動をもらったと思います。このことはスポーツの多様化を示す事例のひとつといえるでしょう。

 今から10年程前大学院で学んでいた私は、「スポーツは生産性の無い活動だ」とある教授の話を聞いたことがあります。その当時は「なるほど」と思って聞いていました。ところが、今となって考えると、「スポーツは多くの生産性を秘めた活動である」といってよいことがわかるようになりました。

 スポーツは時代の流れとともに多様化します。スポーツは人間が作った文化活動ですから、絶えず変化していくものと考えることができます。スポーツはそれをする人のものでもあり、スポーツを見る人のものでもあります。また、スポーツは政治をアピールする場でもあります。事実、北京オリンピックの開会式では多くの国家元首が北京の競技場に集まり友好ムードを演出していました。また、大きなビジネスチャンスの場でもあります。このようにスポーツは多くの顔をもつ存在であるのです。

 そのスポーツはバブル経済の「豊かさ」とともに、私たち日本人のこころに深く入り込み、「Sports for all」(日本体育協会)のキャッチフレーズのもと、すべての人がスポーツに親しみその恩恵を享受してきましたし、また、これからもスポーツの恩恵を享受する権利の存在を主張するでしょう。

 では、スポーツの恩恵を享受するのは誰でしょうか。それはスポーツをする人でしょうか。スポーツを指導する人でしょうか。スポーツをビジネスチャンスとしている人でしょうか。スポーツする環境を提供している人でしょうか。このように考えてみると、あまりにもスポーツを取り巻く関係者が多く、いったい誰が真の受益者なのかわからなくなってしまいます。

 

5.保護者と地域住民の負担増加

 学校の部活動であればその活動に参加することに対しては生徒や保護者の負担は必要ありませんでした。しかしスポーツ少年団やクラブの活動となると、活動資金を負担しなければならず経済的負担が必要になりました。その他、各種大会に参加するのにも、それまでは学校単位で参加していたので保護者や生徒の負担は小額でしたが、学校で参加するのではないので、それまで自治体などから出ていた補助金が支出されず、すべて保護者負担となりました。当然、その負担に耐えられずやむを得ず活動を止めなければならない子供や家庭が出てくるわけである。「スポーツはお金がかかるから続けさせることができない」という声があがるのです。

 

6.所得格差とスポーツ

 青森県は1999年7月に「スポーツ立県宣言」をしています。「スポーツに親しみ、スポーツに強い青森県」の実現を目指すというものです。平成17年度の青森県の県民所得は47都道府県中46位の2,160,000円で1位の東京は4,267,000円(総務省統計局「日本の統計2007」第2章国民経済計算より)‚Å‚·B

 先日、私が指導している部活動の保護者に「全国展開している大手スーパーマーケットの値段は東京と青森と比較してどちらが高いか」という問いかけをしました。保護者からは「当然東京じゃないですか」との答えが返ってきました。シャツでも生鮮食品でもほとんど価格差がありません。むしろ、都市部のほうが量販店で安く購入することができる現実があるのです。さらに、雪国では冬期間は灯油などの燃料が膨大にかかります。4年前は灯油18㍑およそ1,000円だったものが今は2,300円です。2.3倍になりました。さらに、電車等の公共インフラが都市部に比べ整備されていませんから、移動は自家用車に頼らざるを得ません。当然維持費や燃料など経費がかさむわけです。このようなことから考えると生活を維持するのに必要な支出以外の可処分所得の差は歴然としているわけです。

 スポーツにかける費用は可処分所得が多いほうが多く使うことができます。今まで、少ない負担でスポーツを楽しむことができていた地域の人たちが、スポーツをすることによる負担が多くなれば当然スポーツができないという結論を出すことになるでしょう。

 先日、もうすぐ74才になる父と話をしました。津軽地方の外食産業がバタバタと閉店しているのはなぜかというのが会話の主なテーマでした。そこで出てきたのが、「津軽地方の1ヶ月の給料の手取りは平均して10万円に満たない」というのです。 

 小泉内閣の構造改革により労働派遣業が認められ、企業の人件費コストは低減できるようになりましたが、派遣労働や請負労働により地方の労働環境は悪化の一途をたどっています。地方の様々な仕事は労働派遣業者経由になり労働者すなわち地域住民の手取りは益々少なくなっていくのです。

 地場の中小企業の経営はとても厳しい状況です。また、正社員を雇うことができない状態です。このような状況では安定した生活を送ることもままならない状況では、とてもスポーツ活動にお金を使うことはできない状況です。

 「県の財政状況は厳しい」「住民の労働環境は劣悪で所得を増やすことができない」「生活することの基本的条件を満たすコストは都会に比べて所得比で比較すると高い」「自営業を営むにしても住民の所得が低すぎて商売が成り立たない」というような環境では、受益者負担の原則のもとでの「Sports for all」は近い将来死語になっていくことと思います。まして、スポーツに親しむためにお金がかかる、強くなるためにお金がかかる現状では「スポーツに親しみスポーツに強い」は実現できませんし「スポーツ立県」は不可能です。

 

7.まとめ

 終戦からもうすぐ70年になろうとしている豊かになった日本。その豊かさに支えられてきた日本のスポーツ。グローバル化と構造改革により都市部と地方の所得格差が大きくなった日本の社会は、みんなが公平にスポーツをする機会を奪おうとしています。スポーツのすばらしさは誰もが認めるところです。地方に生活をおくと日本の危うさが身にしみて感じられます。

 私の早稲田の卒業式に西原春夫総長の言葉の中に大熊重信の教えとして「権力の中にあっても外にあっても、常に庶民の視線で物事を考えることができる人間になりなさい」という内容の話をされたのを記憶しています。

 北京オリンピックで日本は金メダルを9個、銀メダルを6個、銅メダルを10個の計25個を獲得しました。このトップアスリートが残した業績はとても偉大です。しかし、この業績はオリンピックに出場しないスポーツを愛好する人たちの支え無しでは達成できなかったものです。子供たちはトップアスリート達の活躍を見て目を輝かせています。そんな子供たちの夢を無くさないために私は何かできないかと考えています。今できることは青森の女子バレーボールを支えることと、子供たちが伸び伸びスポーツを楽しむことできる手助けをすることぐらいしかありません。

 「Sports for all」というすばらしいスローガンがあるのですから、これから日本の将来がどのようになっても、このスローガンはなくさないで欲しいと思います。

 しかし、世界の歴史を見てみると「歴史は繰り返す」という明言もあります。古代ギリシャやローマで栄えた古代オリンピックは紀元393年で途絶えた歴史があります。よく調べてみると、人々の暮らしが立ち行かなくなったことによって競技会がなくなっているのです。

 スポーツは人類が作った素晴らしい文化的財産だと思っていますが、これを次世代に受け継ぐ知恵と工夫が必要だと思います。その知恵と工夫は現場の指導者がすることだけではありません。平和で安心できる生活があってこそスポーツが反映できる条件があります。テレビの番組で「裕福になりすぎたからハングリー精神がない。だから勝てない。」という人がいましたが、私は反論します。ジャマイカのボルトが100m・200mでそれぞれ世界記録で金メダルをとりました。それまでのジャマイカは素晴らしい素質を持った選手がいましたが、その家庭が経済的に貧困であったり国が強化をしていなかったためにカナダやアメリカ、イギリスなど海外に選手が流出していたのです。それらの選手はそこで金メダルを取っているのです。ハングリーだからではなくスポーツできる環境があるから競技成績も残すことができるのです。

 地方のスポーツはまさに風前の灯です。私は子供たちのスポーツがあってこそ金メダルが生まれるし、子供たちの活動があって保護者(親)の幸せがあると思います。単なる受益者負担に頼るのではなく、相互扶助と公的支援があってスポーツという裾野の広い活動が活発になるのではないでしょうか。それが結果として国民生活の質の向上や地域経済の活性化につながると私は思っています。国・自治体はもっと国民の幸せのために知恵を絞るべきです。

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